[ 第84話 ] バクンバクン、心臓が鳴っている。何でかはわかっている。 「アンタも、待ち合わせで?」 声が裏返りそうになるのを誤魔化すようにグラスを傾ける。 「ええ、SWの幹部に呼び出されましてね」 隣で蔵内は、静かに懐から出した葉巻を咥えた。 「へぇ…」 「抜沢さんは一緒じゃないんですか?」 「え?」 「今、ウチの会計士の事件で捜査しているんでしょう?」 「あ、あぁ、抜沢先輩は、今ちょっと外してて」 「そうですか」 矢部はちらりと、時計を見て時間を確認した。8時20分… 「早い…」 予定では蔵内が店に来るのは9時のはずだ。なのに30分以上も早く対面してしまい、抜沢もいない。焦りからつい、口に出してしまった。 「早い?」 「え?」 「今、矢部さん、早いと言いましたよ」 「あ、いや、何でもない、独り言や」 「そうですか」 やばい、オレやアカン…無意識的に、カウンターの上に置いていた拳を硬く握り締めて、矢部はグラスの中を見つめた。 「おい、アレ、片付けておけ」 不意に、店の奥から声がした。 「どこに捨てますか?」 「店の裏でいい、どうせしばらくは気付かないだろうから」 そんな店員同士の会話を何となく耳にしながら、おや?と首をかしげる。そういえば抜沢は、どこから出て行ったのだろうか? 「蔵内さんじゃないですか、お久しぶりです」 店の奥から男が一人、カウンター席に座る蔵内に声をかけてきた。風貌からどうやら、店の重鎮らしい。もしかしたら店長かも。 「どうも、店の方はどうですか?」 「ええ、調子いいですよ。蔵内さん達のおかげで」 男の視線が一瞬、蔵内から矢部に移ってきた。ざわざわと何かがゆれる。 「おや、お客様。グラスが空ですが、何かお注ぎしますか?」 「え?」 ドクン…体内の血液が逆流するような違和感。 「一杯おごりましょう」 断る前に、蔵内の一言。何かを言う間も与えずに、男は矢部の前からグラスを奪い、新しいクリスタルグラスをコトリと、静かに置いた。 「あ…」 「酒は嫌いですか?」 「いや、そーやなくて…」 注がれた液体は、恐ろしく赤い色に見える。 「ではどうぞ、土原さんの件でお世話になったお礼ですよ」 ガタンッ…勢いよく立ち上がったため、矢部の腰掛けていた小さな椅子が床に音を立てて倒れた。 「ま、まだ仕事が残ってんのや、一杯で、終わらせたとこやから…これは遠慮します」 立ち上がったまま、グラスをずぃっと押しよけて矢部は蔵内に鋭い視線を向ける。矢部なりに威圧したつもりだったが、何か嫌な空気に飲み込まれそうな中での無駄な足掻きのような気がして、矢部自身は小さく息をついた。 どうして抜沢のように出来ないのだろうか…と。 「そうですか、それは残念だ。極上の品なのに…」 抜沢ならば、きっと射竦むような睨みでこの男を黙らせる事が出来るだろうに…蔵内の言葉に、矢部の中で何かがカチリと鳴った。 「伝言…」 ポツリと、かすれるように。 「え?」 それまではただ、穏やかに、全て見透かしたような笑みを浮かべていた蔵内が唐突に、矢部を見てぎょっとした。 「忘れるとこやった、蔵内…さん、アンタに伝言や」 ギラリと、さっきまでとは打って変わった凍てつく眼差しで矢部は続ける。 「葉書でえーから、いつかまた便りが欲しいて」 視線を外さずに、一語一語ゆっくりと。 「律子さんからの伝言や」 ぎくりとしたのが見て取れる。ゆらりと矢部はそのまま、懐から数枚の紙幣を取り出してカウンターに置くと、そのままドアの方へと歩いていった。 キ、ギィ…カランカラン、入り口のドアの鐘が静かに鳴った。 「…つ、はぁ、はぁ…」 店を出た途端、矢部は目の前がぐらぐらする違和感を振り払うように少し歩いたところで路地裏の壁に手をついて、乱れた呼吸と整えるように何度か息を吸った。 妙に息苦しい、嫌な予感がする。 「アカン、折角蔵内呼び出したのに、なんも出来んで終わってしもた」 SWの幹部を使っての呼び出しは、そう何度も使える手法ではない。いや、一回きりのチャンスだったのに。 「先輩さえおったら…」 そうして再び思い出す、抜沢はどこに行ってしまったのだろうか。抜沢の性格からして、こんな中途半端な状態でいなくなるのはおかしい。それに、電話の後、どこから店を出て行ったのか。 おかしな点が幾つか見えてくると、急に不安になってくる。 「…電話、してみよか」 いつの間にかいたのか、額をぬらす汗を手の甲で拭ってから、矢部はきょろきょろ辺りを見渡して、視界に捕らえた電話ボックスに駆け込んだ。 「えーっと…」 かける場所は、MPD。警視庁。先ほどかかってきた電話の主が三師だと言うのは抜沢の言葉からわかっている。交換手に捜査一課に繋いでもらい、三師が出るのを待った。 『はい?』 数分の後、少し疲れたような、けれど明るい声がした。 「あ、あの、どうも、自分、矢部です。公安五課の」 この瞬間、矢部は少し後悔した。よくよく思い返すと、三師との対面はたった一度。 『矢部?』 受話器の向こうで、息を飲む声が聞こえた。 『あぁ、抜沢の部下か。どうかしたかい?』 え? 「え?」 『え?何?』 ぶわっと、体中の血の気が引いたような錯覚に陥る。 「あ…あの、さっき、抜沢先輩に電話、してきませんでした、か?」 『電話?してないよ、どこにいるのかも知らないのに』 「知らない?」 『あぁ、知らないよ。抜沢はいつも、勝手にあっちこっち動くから所在を掴むのが一苦労なんだ』 矢部の頭の奥で、誰かが問う。 ジャアサッキノデンワ、ハ? 「すんません、折り返します!」 放るように受話器を戻して、矢部はそのまま電話ボックスから出て辺りを見渡した。空はすっかりと闇に覆われ、街はネオンに光り輝いている。 こんな雰囲気は、正直まだ慣れない。仕事でなければこんな場所には足を向けたりしない。 「先輩、おかしい…」 何をどうしたらいいのかわからずに、矢部はとにかく走り出した。 一時間、もしくは二時間ほどか。はっきりとした事はわからないが、BAR『CRASH』の裏にあるごみ置き場に、大きな白い塊が捨て置かれていた。もぞもぞと動いている。 「ってぇ…」 唸るような声と共に、隙間から腕が伸びて闇の中から男が顔を出した。 「くっそぅ、やられた…」 ばたばたともがく様に体に巻きつけられた布を引き剥がし、よろけながら立ち上がる…抜沢だ。 「ちくしょぉ、痛ぇ…」 店の裏はほとんど人の通りがない路地裏だった為、抜沢は今の今まで誰の目にも触れる事がなかった。そう、エーテルのようなものをかがされて意識を失った抜沢を、店員は布でぐるぐる巻きにして店裏に捨て置いたのだ。 店はとっくにCLAUSEの札をおろしていた。 「いっててて…」 片手は目元、ぐらつくのを何とかしようと額の辺りを押さえ、もう片方の手は腰に当てられていた。うっすらと、白いシャツに滲む赤いもの… 「あ…の野郎、眠らせんなら刺すんじゃねーよ、くそが…」 刺されたのだ。あの時の衝撃はナイフが抜沢の腰にあてがわれたものだった。果物ナイフか何かだろう、短い刃先だった為、傷は浅い。 「…矢部は大丈夫か、蔵内は来たんだろうか?くそ、頭が回らねぇ」 傷を手のひらで押さえつけて、真っ赤に充血した目で辺りを見渡した。そう、まるで先ほどまでそこにいた矢部と同じように。 「電話…だな」 ふらりふらりとおぼつかない足取りで、電話ボックスに崩れるように入り込み、受話器を手にする。ダイヤルした先まで、先ほどの矢部と同じだった。 つづく うわー、やばいよ射障さん! 調子いいのか悪いのどうなのか絶不調なのか!! 間違いなく絶不調ですが(汗) 過去偏は考えるだけで疲れる!考えるの楽しいけど疲れる… 2005年10月12日 |
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