[ 第91話 ]


「カメラ嫌いなの?」
 写真の、抜沢の部分をなぞりながら楓が言うと、芹沢はう〜んと首を傾げて見せた。
「嫌いそうじゃのー」
 ひょいっと横から、石原が顔を覗かせて続ける。
「おっとこまえの人じゃから、もっと写真が残っとるとえーんじゃけどのぉ」
 ふっと、顔が近いせいだろうか?整髪料の香りが楓の鼻腔をくすぐった。甘いような、苦いような。
「はい、ちーず」
「え?」
 パシャリ。唐突に、芹沢がカメラを構えてこちらを見ていた。声をかけられて顔を上げた楓と石原が、二人並んだ状態。
「由美センセー、いきなりなんじゃぁ」
 フラッシュが眩しかったのか、目を瞬きながら石原は僅かに首を横にふった。
「眩しかった?ごめんねー、でもなんだか可愛かったから」
 ジー、という音と共に、モーターが回る。芹沢が持っているのはポロライドだったようで、一枚がゆっくりと吐き出されてきた。
「可愛い?」
 首をかしげる楓に一度顔を向けてから、石原は芹沢へと視線を移してにこりと笑む。
「そうじゃのー、確かに楓ちゃんはかわいーのぉ」
「ふふっ、そうじゃなくて…」
 パタパタと、出てきたポラを仰いで。芹沢はそれを机の上にそっと置きながら続けた。
「ほら、なんだか楓ちゃんとタツくん、可愛いカップルでしょ」
 ガターンッ…突然、椅子が倒れた。楓が慌てて立ち上がったせいだろう、芹沢と石原はきょとんと、立ち上がって顔を赤くする楓を見遣った。
「あ、ご、ごめんなさい、あの…わ、私別に…」
「そんなムキになって否定せんでもえーよぉ、ワシが傷つくけぇのぉ」
 ひゃらひゃらと笑う石原、置かれたポラを手に取り、ポンッと楓の頭に手を置いた。
「あら、そうなの?私はてっきり二人は付き合ってるんだと思ったわ。その報告に来てくれたのかと…」
「ちゃうよ、楓ちゃんが落ち着いたようじゃったから、センセーんとこに連れてくるタイミングかのーと思ぉての。って、楓ちゃん、座ったら?」
「え?あ、はい…」
 ガタン、と倒れた椅子を起こす石原に促されて、楓はちょこんと腰掛けた。なんだか身を縮こまらせている。
「本当は兄ィも連れてきたかったんじゃけどね…」
 楓の肩が、小さくピクリと震える。それに気付いた石原が、先ほどと同じように楓の頭に手を遣りぽんぽんっと、軽くたたいて微笑を見せた。
「そうねぇ、矢部さんにも私、随分会ってないから」
「え?由美先生、ケンおにーちゃんに会ってないの?」
 楓のその言葉に、芹沢も驚いたようだった。
「楓ちゃん、矢部さんと会ったの?」
「え?えっと…」
「楓ちゃんは兄ィとしばらく一緒じゃったんじゃぁ」
 ぎくり、と。なぜか楓は、眉を潜めて顔を伏せたまま、上目がちにそっと芹沢に目を向ける。
「そう、そうなの…矢部さんと…良かったじゃないの、楓ちゃん」
 にっこりと、意に反しての笑顔。
「え…」
「矢部さんも、喜んだでしょう?楓ちゃんを見送れなかった事、凄く後悔していたから」
「後悔…?ケンおにーちゃん、が?」
 後悔、してくれた。その言葉に、胸が詰まる。
「でも、どうやって会ったの?楓ちゃん、イギリスに渡ったのは凄く小さかった時の事じゃない。覚えていたの?連絡先とか」
「え?い、いいえ、全然。ただ、その…ケンおにーちゃんとは偶然、ディズニーランドで…」
 促されて、ポツリポツリ答えていると石原も、横でニコニコと笑みを浮かべていた。
「ワシもそれは初めて聞くのぉ、デズニーランドで、おーたんかぁ」
 問われて、答えて、思い出す。半年ほども前の事だろうか?何時の間にそんなに経ったのだろう…でも覚えてる、あの日の再会が、どんなに嬉しかったか。
「私…最初、ケンおにーちゃんの名前も思い出せなかったのに、不思議なの。ケンおにーちゃんが私の顔を見て、かえちゃんって呼んだ時…」
 じわりと、視界が潤んだ。
「すごく嬉しかったのね、楓ちゃん…」
 続きを言えずにいると、そっと芹沢が髪をなでて口を開いてきた。
「そうなんじゃ、すごいのー」
 ぐしっと鼻をすすると、石原がコロコロ表情を変えて楓を覗き込んでくる。その様子に、目元を拭って楓は言った。
「い、石原さん、は?ケンおにーちゃんと、会った時、嬉しかったですか?」
 きっと、矢部も驚いた事だろう。あの小さかった少年がこんなにも不思議な感じになって目の前に現れたら。
「そうじゃのー、ワシは嬉しかったけどのぉ、兄ィは気付いちょらんしのぅ」
 若干寂しげに言う石原に、ん?と楓は首をかしげる。
「気付いて、ない?」
「そうじゃぁ、ワシ、言うとらんしの」
 にかっと、続ける。
「ワシは楓ちゃんがこっからおらんなったぁ一ヵ月後くらいに、じーさんの仕事の都合で引っ越してのー、兄ィと会ーたんは大体十一…二年位ぶりじゃったんじゃよ。そんじゃから気付かんかったようじゃ」
 いともあっけらかんと、言ってのける石原。
「言わなかった…んですか?」
「いつ気付くかのーってワクワクしちょったら、言うタイミングを逃したんじゃ」
 思わず肩がガクッと崩れるような、そんな笑顔の石原に、楓はもう一度目元を拭って微笑んで見せた。
「石原さんって、面白いですね」
「そかの?よく言われるんじゃけど、どこが面白いんかのー?」
 んー?と大きく首をひねりながら言う石原、子供じみた動作がなんだかおかしくて、楓はくすくす笑う。
「そうね、タツくんは面白いわ。いつも笑わせられるの」
 芹沢が続いて言うと、石原は照れたように上目遣いになり、目を細めて指先で後頭部をかりかりと掻いた。
「あんまし言われると照れるのー…あ、そろそろワシ行かんと」
 話の矛先を変えるかのように、石原は唐突に席を立ち上がった。楓も慌てて後に続く。
「あら、今日は早いのね」
「うんー、ワシ、明日から新しい案件抱えるんじゃー。じゃからこないだの資料片付けする為に、一回警視庁に行かなあかんのじゃ」
 今日は楓を連れてくるのが目的だったからと、意味ありげに笑って続ける。
「そう…二人とも、ここはあなた達のもう一つの家なんだから、いつでも遊びにきてね」
「あ、はい」
「もちろんじゃー」
 石原に促されてあさがおを出ると、日はすっかり高くなっている。出掛けに見た時計の針は、正午を少し過ぎていた。
「ほんじゃーね、由美センセー。また来るけん」
「ええ、楓ちゃんを連れてきてね」
「当たり前じゃー」
 楓はぼんやりと、石原と芹沢の遣り取りを眺めていた。なんだか芹沢の前にいる石原は、ひどく子供じみて見える。なぜだろう…?
「ほんなら、行こか、楓ちゃん」
「え?あ、はい」
 もう一度芹沢に手を振り、二人は並んで歩き出す。少し歩いたところで、おもむろに石原が楓の手を握った。
「石原さん?」
「楓ちゃん、元気出た?」
 横に並んだまま、覗き込むように。
「え…?」
「うん、元気そうじゃの。良かった」
 その笑顔と、バックの青空と金髪が妙に眩しい。目を瞬きながら楓は、小さくはいと答えた。
「楓ちゃん、昨夜ん事…何があったか、ワシに聞いて欲しい?」
「い、いえ…」
「ほんなら聞かんとくわ」
 変わった人だ…なんとなく、そう思う。外見ももちろん、色々。面白くて、優しくて…そして変わった人。でも、なんだか一緒にいて楽だと思う。
 昔の自分を知っている人と一緒にいるのは、楽だ。芹沢と話している時にも思った。
「なー、楓ちゃん」
 聞いて欲しい?と、言われた時に頷いていたら、どうなっていたのだろうか…ぼんやりと、握り締められた手を見ながら歩いていると、再び石原が声をかけてきた。
「はい?」
「すまんのー、ホンマは一緒にお昼ご飯食べれたら良かったんじゃけど。ワシ、さっきも言うたよーに警視庁の方に行かんとあかんのじゃ」
「あ、はい、全然私は…今日はありがとうございました」
 申し訳なさそうに言う石原に、慌てて頭を下げる。と、ポンッと頭に手を置かれた。
「石原さん?」
「一人で泣いたりしたら、駄目じゃ」
 穏やかな、眼差しを楓に向けて静かに微笑む。そうして、握っていた手を離すとかわりに一枚の、紙の切れ端を手渡した。
「これ…」
「いつでも駆けつけるけー、何かあったら、な」
 携帯電話の番号が、そこには書かれていた。
「…ありがとう、ございます」
「楓ちゃん、さっきの由美センセの言葉、覚えちょる?」
 ぎゅっと紙切れを握り締め微笑む楓に、石原は小さく囁くように続ける。
「え?」
「ワシで良かったら、いつでも傍におるけぇ」
 にこりと優しげな微笑を向ける石原に、思わずドキンとする。そして、芹沢の言葉を思い出してみる。
「えっと…?」
「可愛いカップル、や。楓ちゃんがえーと思うんなら、ワシと付きおぉてみーひん?」


 つづく


時間空けすぎましたねまたも。
されど、こっちもこっちで急展開、個人的ににやりですが(笑)
過去の方もまだ書き残しが結構あるし、あっちもこっちも色々あってなかなか追いつきません。
がー。

2006年2月19日

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