[ 第97話 ] 「えっ…仮装、ですか?」 「いや?」 仮装、と言われればなんとな気乗りはしないと言うのが正直なところ。だがいつも、楓の少しわくわくしたような、覗き込んでくる表情には適わない。 「いや…ではないですけども」 変な格好でなければ、と心の中で呟いてみる。 「何やお前、不満そうやなー…今更仮装も何もあらへんやろが」 ポスターを見ていた奈緒子に、矢部がぼそりと言う。意味深な言い方だ。 「は?」 「そやかてお前、チャイナドレスやらなんやら、今までいろんな格好しとるやないか。偽の…ゴッドのふりして変な仮装もしたんやてな、上田センセに聞いたでー」 「カミだ!偽のカミ!」 「偽言うな!!」 「カミ違いだ馬鹿!」 楓を間に挟んでの、いつもながらのくだらない言い合い。おもむろに楓がクスクスと堪え切れずに笑い出すと、あ…と二人して苦笑いだ。 「もう、面白い、奈緒子さんとケンおにーちゃん」 「まぁ、偽カミは置いといて、別に私の今までのアレは仮装じゃないですよ…」 「仮装やなかったらあれか?コスプレか?」 「ステージ衣装だ!」 それを見て、再び楓が笑う。 「私、奈緒子さんのステージ衣装姿見てみたいなぁ」 「あかんあかん、かえちゃん。コイツな、どんな格好してもあかんのや、華がないから」 「うるさい矢部!」 さっきまでの嫌な空気はどこ吹く風か。三人の笑い声が校舎に響くと、道行く人々が振り返る。 「ね、この下にいい事書いてあるよ」 「んー?」 促されて壁のポスターの、楓が指差したところを読む、と… 「…仮装用衣装、貸します、演劇部」 「余計な事を…」 「ねー、しようよ奈緒子さん、仮装。ほらほら、記念写真撮ってくれるって」 どうしようかと思いあぐねいていると、矢部が奈緒子の後頭部をぽんっと軽く、押すように叩いた。 「にゃっ?!って、何するんだ、矢部」 「えーやないか、いつも代わり映えのない格好なんやから、たまには遊べばえー」 にやにやとからかうようなそぶりを見せる矢部に、奈緒子はキッと睨みつけるが途端に、同様に笑みを浮かべて言い返した。 「何言ってるんですか、楓さんは皆でって言ってるんですよ。矢部さんもするに決まってるじゃないですか」 「なっ…え、そうなん?」 その言葉に、慌てて楓の方を見遣る矢部。 「え?えーと…」 急に矛先が自分に向けられた楓は、少し悩んだ後ににっこり笑顔を浮かべて応えた。 「うん、皆で」 「皆で…な、そやな、皆で楽しくやな」 こわばった笑顔で矢部が息をつくのを見て、今度は奈緒子が声を上げた笑い出した。 「いーじゃないですか、矢部さんこそ常に仮装してるようなものだし」 「なんやとぉ?」 「刑事なのにチンピラ、でしょ?」 「お前…」 きゃらきゃらと笑い声が響くそこから少しばかり離れた上田の研究室では、上田と石原が、向かい合って一つのフラスコをじっと見つめていた。 「…上田センセェ?」 フラスコには紫色の液体が入っていて、時折ブクブクッと気泡をはいた。 「何ですか?」 「…コレはいつまでやっとればえーんですかいのぉ?」 「あと30分はお願いします。いやぁ、助かりますよ、今日中にこの実験に片をつけたかったもので」 ブクブクッと気泡が発生するたびに、上田は手にしているボードになにやら書き込んでいく。 「でもこれ、別にワシでなくても良かったんじゃーなかろかのぉ?」 「いーじゃないですか、私としては石原さんに、この崇高な科学を直接見て頂きたくてですねぇ」 「学者センセェってのも、大変なんじゃのー」 おもむろに、石原はフラスコを人差し指でこつんと叩いた。と、それに反応するかのように大量の気泡。 「い、石原さん!」 「わ?泡がいっぱいじゃ!」 「ちょっ、悪戯しないでくださいよ、一応薬品なんですから!」 「すまんのー、そんじゃけどワシ、いい加減飽きてきてしもてのぉ…」 そんな様子の石原をため息混じりに見遣ってから、上田はおもむろに立ち上がると部屋の隅の冷蔵庫を開き、中から缶ビールを二本取り出し戻ってきた。 「まぁまぁ、あともう少しですから、コレでも飲んで」 一本を手渡すと、石原はニヤリと笑みを浮かべてプルタブを引いた。 「職場にビール常備じゃて、センセもなかなかやるもんじゃのぉ」 ぐいっと傾け、喉を鳴らすと満面の笑みを浮かべる。 「くはー、ウマいけ」 「ははは、いやぁ…」 にこにこ満足そうな石原とは逆に、上田はやれやれと肩を下ろしながら缶を傾ける。一体何時までここに押し留めておけばいいのやら…奈緒子に強く言われているので仕方なく、という感じだ。 「センセェは毎晩ここで酒盛りしちょるんですか?」 「いや、そういうわけでもないですよ。今日はたまたま、ここ数日間生徒達が準備を頑張っていましたからね、差し入れとして買っておいた残りですよ」 「へぇー、わしゃぁてっきり、ここでネーチャンと毎晩酒盛りしちょるんかと思っちょりましたけー」 「ははは、まさか!あいつは酒癖が悪いから、こんなところじゃ飲ませられませんよ」 「酒癖悪いんかぁ、見かけによらんのぉ」 「寝相も悪いうえに酒癖も悪くて口も悪い、あんなヤツに付き合えるのなんて私くらいですよ、はははっ」 調子に乗って饒舌になる上田の言葉に、石原はついくっくと喉を鳴らした。 「上田センセとネーチャンは相変わらずなんじゃのー」 「え?」 「持ちつ持たれつみたいな感じじゃ、兄ィの言っちょった通りじゃの」 「や、矢部さんが何か?」 突然の話題に上田はぎこちなく、どぎまぎしてみせる。無意識の事だが石原にはそれが可笑しくてならない。 「上田センセェーとネーチャンの事じゃぁ、早うにくっついてまえばえーのにて、言うちょりましたよ」 「や、矢部さんは一体何を勘違いしているんだか…」 「楓ちゃんも言うちょりましたよ、いつも仲が良くて楽しそうで、羨ましーて」 「そっ、そーですか…」 急に慌てたように、上田はハイペースに缶を傾け、中身をぐびぐびと胃の中に流し込んでいく。あっという間に赤い顔になり、テンションも高くなる。 「それにしても、二人揃ってお節介なのも相変わらずじゃのぉ」 小さく呟くような石原の言葉は、無駄にテンションの上がった上田の耳には届かなかった。 つづく 書けない時に無理して書いても良いものは書けない!! という大義名分を抱えて短く切り上げてみたり。 最近たるんでるぞ!射障!! 結局ハロウィン織り交ぜてみちゃいました、えへ★ 2006年6月26日 |
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